孫の名前や学校のことまでしつこく聞かれたのには驚いた」と、日本政策金融公庫(以下、公庫)に借入を申し込んで面談したYさん(58歳・東京)は、その時の様子を語る。
公庫と聞いてもぴんとこない人がいるかもしれない。前身は国民生活金融公庫といえば、「ああ、あれか」とうなずく人も多いだろう。財務省所管の政策金融機関であり、「無担保・保証人なし」「固定の低金利」「新規開業への融資」ということで、資金調達を必要とする経営者には、民間の銀行などに頼る前段階の登竜門的存在だ。
Yさんが公庫から資金を借りようと思い立ったのは、ここ10年ほど続けてきた布団の丸洗い業が不況のせいで低迷し、代わりにホテルや病院を相手にしたリネン(サプライ)業を少しずつ始めてみたら、けっこう需要があることがわかったためだ。リネン業というのは、シーツやタオル、クロス類を貸し出して使用後に回収し、洗濯をして、再び貸し出すというもの。商売としては単純だが、やりようによっては手堅い収益が期待できる。しかし、仕入れや材料費で資金がかかるのに加え、認可事業のため、正式認可が下りるまでの1年間は名義借りの費用も発生してくる。
そこで最寄りの公庫支店に電話すると、すぐに3つの書類が送られてきた。借入申込書、企業概要書、創業計画書だ。Yさんは借入申し込みに500万円と書き込み、「新規事業」の欄に○印を入れ、「創業」のため融資を必要とすることを指定の書類に書き込んだ。
思ったより手間がかかったのは、書類がすべて手書きだったせいだ。借入申込書が自筆であるのはうなずけないでもないが、全部が全部、手書きを強いるのがわからない。日頃はパソコンで仕事をこなしているから、いかにもお役所風の非効率なやり方に戸惑ってしまう。ようやく書き上げて設備関係の見積書やカタログなども添えて郵送で送ったところ、数日後、電話で面談の日時を知らせてきた。
面談の日、Yさんは持参するよう指示された預金通帳、運転免許証などをカバンに入れて公庫の支店を訪ねた。来意を告げると一人の男性職員が来て、担当者だと名乗った。Yさんの担当らしい。パネルで仕切られた小さな小部屋に案内され、そこで面談が始まった。
最近は公的融資にも専門のコンサルタントがいる。民間の金融機関、公庫、信用保証協会の保証付融資での事業資金調達などをサポートするという。
銀行出身のコンサルタント・N氏は、公庫融資の特徴についてこう話す。
「公庫には政府系金融に特有の融資スタンスのようなものがあります。ある部分ではありえないほど柔軟な審査をするが、別の部分では驚くほど厳しい審査をするのです」
●事業内容より家族構成が大事?
実際、Yさんの場合、面談が始まると、担当者は書類を一項目ずつ丹念にYさんに確認していく。淡々とした事務的なやりとりが続いて、Yさんは時間がたつうちに気になってきた。しつこく決算書や企業概要書の数字を問われるが、それは過去から現在までのデータだ。問題は今後であって、融資の対象は「新規事業」の部分なのだが、それにはまだ手がつけられていない。
Yさんは公庫から送付された書式のひな形を参考に創業計画書をつくったのだが、開業後の見通しや必要な資金の使途などについては、大雑把にまとめてしまったという反省がある。なので、当日説明を加えようと補足のデータや資料を用意し、計画には十分な裏付けがあることを強調したかった。
だが、担当者は本筋にはふれない。家族構成を根掘り葉掘り聞かれ、同居する孫の名前や学校までしつこく聞かれるに至って、Yさんの態度もついつい苛立ってしまった。
Yさん 孫の名前がそんなに重要なんですか?
担当者 家族構成の確認なので。
Yさん しかし、学校の名前は関係ないでしょう?
担当者 それもご家族の情報ということですから。
担当者は手馴れたマニュアルの受け答えのようにYさんの抗議をかわす。こうして担当者による点検照合がようやく創業計画書に移ったのは、始まってから40分ほどたった頃だった。しかし、先ほどの執拗な質問と比較すると、担当者の興味のほどは明らかに低い。創業計画書の項目をなぞっているにすぎなかった。Yさんは、「こんなことで新事業の可否を審査できるのか?」と疑問に思うほどだった。